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Posted by 京つう運営事務局  at 

2007年03月08日

卒塔婆小町を見て

週末の初夏のようなお天気から一転、今日はまた冬に逆戻り。一時みぞれも降り出してきました。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」とかいいます。油断は禁物ですね。

さてさて、2月の終り東京までお能を見に出かけてきました。矢来の観世さん、当主の観世喜之師のご嫡男、喜正師をはじめ、次代を担う囃し方の皆さんとの研鑽の場である「神遊」の10周年記念の会。

演目は能「卒塔婆小町」と狂言「鱸包丁」

卒塔婆小町は、能楽師にとっては老女物の入門曲。とはいえ、まだまだ若い体を幾重にも折りながらの老女姿は、さぞ大変だった事だと思います。筋書きは簡単に言うと、老いさらばえたカっての優女小野小町が、歩きつかれて道端の朽木に腰を下ろして休んでいると、そこえ二人の僧が通りかかります。ふと老女を見ると腰掛けている朽木は卒塔婆、なんともったいない事、と思った僧たちが、老女に立ち退くように言い聞かせようとしますが、逆に老女に言い負かされてしまいます。そして、今はみすぼらしい姿をしていてもきっと名のある方だろうと、名前を聞きますと。小野小町だと名乗ります。ところが、突然小町に深草の少将の魂が乗り移り、百夜通いの有様を語り始めます。そして再び正気を取り戻した小町は後生を願って能は終わります。

見所が沢山ある名曲です。僧との教義問答、憑依した舞い。感慨深い言葉もちりばめられています。「我も卑しき埋木なれども、心の花のまだあれば」とか「とても伏したる子の卒塔婆、我も休むは苦しいか」とか「今日の命はしらねども、明日の飢えをしのがんと乾飯を袋に入れ」

今回特に感じたのは、僧との問答といい、若かりし時の華やかなありさま。いかにも賢い小町も、本当はさびしさを胸の奥に秘めていた。そんな風に感じたのは初めてでした。それだけでも東京まで出かけた甲斐がありました。

会場は水道橋の宝生能楽堂。今から30年余り前に何度か行ったことのある能楽堂ですが、立派に立て替えられていて驚きました。


今回ご一緒してくださったお二人の女性。お二人ともとっても素敵なお着物姿でした。またご一緒してください。  


Posted by 山名騒然  at 20:13Comments(2)