京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at 

2011年03月29日

先週・・ひょんなことから、京都近郊で機織りをされている方とお知り合いになりました。

同じ世代の方で何故か気が合います。自ら草木染めで糸を染、機を居られています。
一度工房におじゃまさせて頂こうと思っていた矢先に、我が家に立ち寄ってくださいました。

出会った所で見た布が気になっていたのですが、いろいろ見せて下さいました。どの布も織り手の気持ちが伝わってくるようで、どれも素敵です。

しばらく我が家に滞在して頂けるようです。
お雛様もまだしばらく飾っておきますので、合わせてご覧ください。  


Posted by 山名騒然  at 16:56Comments(0)催し案内

2011年03月22日

我が家の殺風景な庭にも春がやってきました。  


Posted by 山名騒然  at 10:11Comments(0)くらし

2011年03月21日

お雛様

こんな時になんですが、お雛様を飾りました。

なんか、心が癒されますね。

しばらく飾っておきます。ご覧になりたい方はいつでもどうぞ。

  


Posted by 山名騒然  at 22:24Comments(0)くらし

2011年03月21日

マタイ受難曲

昨日のコンサート。終わったら外は雨。息子に車で迎えに来てもらうのを待っている間に、コンサートのチラシを物色していたら・・・。

受難曲のチラシを見つけました。時々、伺っていた京都バッハゾリステンの30周年の記念コンサート。幸いその日は何も無いの行くことにしました。

バッハのマタイ受難曲は人類最高の音楽だといっても過言ではない名曲。約3時間あまりの大作です。キリスト教の枠を超えた音楽に接することが出来ます。   


Posted by 山名騒然  at 22:19Comments(0)催し案内

2011年03月21日

キモノでコンサート

昨日のキモノでコンサート。

まず震災で亡くなられた方へ哀悼と被害に合われた方への励ましの気持ちを込めて黙祷することから始まりました。

プログラム通り演奏がすみ、ほとんどの方がスタンディングオベーションで今日の演奏への感謝と思いが込められた拍手が続きました。

そしてアンコールにバッハの管弦楽組曲3番のアリア、いわゆる「G線上のアリア」が演奏されました。あちらこちらで目頭を押さえて居られました。私も思わず・・・。

震災から一週間。なるべく普段どおりにと思っていても、どことなく重苦しい気分がすこし癒されたた気がします。

予定通り演奏家を開催してくださった主催者に感謝です。   


Posted by 山名騒然  at 22:18Comments(0)くらし

2011年03月15日

地震・・・その後

今日遠野の方にお電話したら繋がりました。青柳先生のお孫さんに当たる方です。もう何十年もご無沙汰しておりましたが、覚えていて下さいました。
昨日釜石に入られて、ご親戚のみなさんの無事を確認されたそうです。お聞きした話ですは、釜石では比較的亡くなられた方は少ないそうで、多分その他の方も無事だろうということでした。現場では、皆さん本当によく頑張ってくださっているそうです。

多くの方が亡くなり、多くの物が失われ胸が痛いです。でも、そんな中でも被災地では一人ひとりが懸命に復旧に向けてがんば居られます。

私自身は、ささやかなことしか出来ませんが、それでも出来るだけ普段どおりの事を、普段どおり続けていこうと思っています。   


Posted by 山名騒然  at 20:32Comments(0)

2011年03月15日

東北地方太平洋沖地震

この度の震災の報道を見ていて、本当に心が痛みます。

私がこの仕事をはじめた頃。そう今から30年余り前の事です。

古くからご縁があって、釜石へ年に一度うかがうようになりました。
いつも4月の後半でした。最初の頃はまだ、東北自動車道も全線開通していませんでした。

車中からは、桜や梅、フキノトウがのぞいていました。花巻から遠野へ、そして仙人峠を越えると釜石でした。遠野の市街地に入る手前の土手には、見事の桜が見られました。

釜石でお茶を広められた青柳先生を中心に、社中の皆さんがこころよく迎えてくださいました。
いつも三日あまりの滞在でしたが、一度だけ、浄土ヶ浜まで足を伸ばしたことがあります。入り組んだ海岸線が風光明媚な景色を作り出していました。また、湾の入り口には見上げるばかりの魚藍観音の像がありました。

社中の方で特にセンスの良い方が居られて、さまざまな事を教えていただきました。今の私があるのは、その方のおかげだといつも感謝し、話題にもさせて頂いていました。十年余りした頃、青柳先生がお亡くなりになり、釜石に行くことはなくなりましたが、時々ご注文を頂いたりしていましたが、今ではすっかり遠のいてしまいました。今回の地震の前にあった地震の時にお電話しようかと思いながら、またその内にと思っているうちに、こんな事になってしまい本当に悲しいです。

古い住所録を引っ張り出して眺めていると、皆さんの顔が思い浮かびます。
及川さん、古座さん、榊原さん、小島さん、小田島さん、白木沢さん、

みなさんがご無事でありますように。そして一刻も早く復興しますように。  


Posted by 山名騒然  at 17:48Comments(0)