京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at 

2012年09月24日

松本・・織元ツアー

早春に織元へ出掛けたのですが、下書きのままアップするのを忘れていました。

数年前に、松本の織元をたずねる計画をしたのですが、いろいろあって中止にしました。
それ以来心残りでしたが、やっと行くことができました。

初日はいいお天気でしたが、黄砂なのか、花粉なのか、風が黄色く染まっていました。

何度か松本には行ったことがありますが、松本城ははじめて。五層の天守にも登って来ました。

そうそう、お城に行く前に腹ごしらえに、三河屋の馬刺しとさくら鍋を頂きました。相変わらず美味しいですね。お城の後は、蔵造り通や人形屋さんのいっぱいある当たりを散策。松本家具のお店はさすがに素晴らしいですね。

さて、今夜のお宿は扉温泉の明神館。地元の方からお話を聞いてから30年ぶりに来ることが出来ました。お料理はお野菜がとても美味しく、量も多すぎず、体にとってもいい感じでした。朝食も、さる神戸の◯◯ホテルの世界一の朝食おも凌ぐ内容でした。

二日目は昨日とうってかわって、朝から雨、それがいつの間にやら雪に変わっていました。さて今回の旅のメインの織物工房の見学へ。

上田へ向かう国道から脇道へ・・さらに山深い集落の一軒がその工房です。こちらでは染めの材料をすべて裏山から採取されているそうです。ちょうど染場には、山栗と山漆が染まっていました。織場の見学が終わった頃には、朝から降っていた雪もやみ、ふと見るとまわりの山には、墨絵のような景色が。こういった自然もいい織物を織るためには必要なんんでしょう。

信州、長野のお宅におじゃまするのは久しぶりですが、やはりお菓子やお漬物とお茶でのもてなしは昔のままでした。所望したお葉漬けも美味かったです。

また寄せていただく事を約束して帰路につきました。  


Posted by 山名騒然  at 09:01Comments(0)きもの

2012年09月15日

桜谷文庫

台風の影響でしょうか、蒸し暑いですね。

9月いっぱい、京都では「夏の旅」という催しが行われていて、普段非公開の建物が公開知れています。その中で、桜谷文庫に行ってきました。明治大正昭和に京都で活躍した日本画家の木島桜谷の住まい、アトリエが現在桜谷文庫として保存されています。

有形登録文化財指定の建物群で、前から行きたいと思っていました。やっと念願がかないました。北野白梅町から等持院へ少し行った所にある2000坪の敷地に、母屋、洋館、アトリエがあります。この辺りは、竹やぶや畑ばかりだったそうですが、桜谷が住み始めたあと、栖鳳、華楊、麦僊、印象らが住み始め、「衣笠の絵かき村」と言われたそうです。そういえば、叔母たちもそんな事を言っていました。

さて、見学は、母屋、台所、洋館そしてスコ離れたアトリエ。あいくにアトリエは外からだけしか見れませんでした。母屋は簡素な中にも気品のあるしつらえがされていました。二階からは、当時は、北山や比叡、東山が一望できたそうです。台所には、オクドさんや井戸も当時のまま。洋館には、桜谷の作品が飾られていました。次々と見学者が来られていました。  


Posted by 山名騒然  at 16:59Comments(1)くらし

2012年09月15日

私には忘れられない冷麺があります。

小さいころよく父に連れて行ってもらいました。

場所も今でも覚えています。

その店があったのは、河原町六角を下がったあたり。今のバルの少し南。
ロージを入った所でした。ロージの入り口、河原町通には、そのお店の赤くて大きな提灯が掛かっていました。

でも、いつの間にかそのロージもなくなり、店も無くなっていました。

大人になり、子どもが出来、たまたま河原町を歩いていて、ひょいと横を見た時にその店を見つけた時は感激しました。さっそくその店に入って冷麺を注文。たたずまいはすっかり変わってしまいましたが、味は昔のままでした。

その店も十年ぐらいあったのでしょうか。突然店はしまってしまいました。
今ではもう食べられません。

それ以来、ほとんど冷麺は食べなくなりました。

その冷麺は、何の変哲もないガラスの深めの鉢に、カチ割り氷、キンキンに冷えた麺、細切りのチャーシュウとキャベツ。これだけ。よけいな物はいっさい入っていません。が、タレが抜群に美味しかったです。小さいころ、いつまでも意義汚く、食べ終わったあとに残ったタレとカチ割り氷を舐めて父によく怒られました。

店の名前は「太陽軒」
  


Posted by 山名騒然  at 10:04Comments(0)思いのまま

2012年09月11日

かわいい足袋

子どもたちが小さい頃にはいていた足袋。一番小さいのは13CM。
今では、もうこのサイズでコハゼ付きを探すのは大変で、いや無いかもしれませんね。

七五三にお正月、お仕舞のお稽古と、よく履きました。  


Posted by 山名騒然  at 17:10Comments(0)くらし

2012年09月10日

松花の会

昨日のお能の会

まずはじめに、井上裕久先生のご挨拶と曲の解説で始まりました。

今回はちょっと珍しく、狂言からはじまりました。

また、この狂言「独り松茸」も非常にめずらしく、私も初めて見る狂言でした。
舞台には、前の通り独りしか出ません。普通こういった時後見が出るものですが、それもいません。まさに一人。この曲は廃曲になっていたのの、今は亡き茂山千之丞氏が復曲されたものだそうです。今回は、その孫にあたる童司さんが演じられました。松茸がたくさん取れると聞いた者が、一人で山へ松茸狩りに出掛け、山で散々な目に会うという内容で、演者の実力が試されます。まだ若い童司さん、なかなかの物でした。さらに円熟された時にもぜひ見たいものです。

狂言ですっかり秋の風情になったところで、今日の一番の演目である「定家」です。約2時間の大曲です。式子内親王と定家との恋の物語をベースに、ありし日を追憶して舞い、僧の回向で一旦は成仏しかけるのですが、定家の思いの象徴である定家葛にふたたび巻きつかれて行くという・・・・。複雑な女性心理を表している名曲です。

今日も、地謡とシテ謡がいい具合に絡み合い、普段ついウトウトとしがちですが、そういう事もなく、いい具合に集中して見られました。
終わって、シテが橋掛りから幕まで歩く間も、誰一人拍手する人も無く。最後まで、舞台見所との緊張感が途切れずにいたのは、シテの力量による所が大きかったと思います。

休憩の後は、ご子息の「乱(猩々)」二十歳過ぎの若者らしい、ハツラツとした舞でした。舞台の上には瀋陽の江の上を楽しげに、軽やかに舞う猩々の姿がまざまざと見えました。清々しい気分になって帰路に着くことができました。  


Posted by 山名騒然  at 21:57Comments(0)くらし