2012年03月25日
お茶席とお能
今日は朝から、北野天満宮の松向軒のお茶会と観世会館に行ってきました。寒かったですが、幸い途中の雨には合わずに済んでよかったです。
北野さんは今日は縁日で、参道もすごい人。それをかき分けてお茶席へ。
はじめ待合では、一席目が始まった時で、一人しか居なくて心細かったですが、ご年配のご夫婦が、それに続いてもう一組ご夫婦連れが来られてました。どちらもご旅行中で、熊本と栃木から来られたそうで。お茶席を見つけて入って来られました。私たちのお席は、その二組と私ともうお一人。熊本の方は、細川家ゆかりのお茶席という立て札の案内を見て来れれたそうです。席中でもそんなお話で盛り上がった、まさに、一期一会、一座建立でした。
その後、観世会館へ・・・。
今日の観世会館は、観世定期能でして、二番目に私の先生の井上裕久氏が「小塩」のシテを勤められました。
「小塩」は在原業平を主人公とする能です。初めて見た能でしたが、なかなか風情のある曲でした。
会館に入った時は初番の「田村」の間狂言でしたが、シテも地ももう一つ入り込めませんでした。「小塩」が済んで会館を出ましたが、地面がベッタリと濡れていました。途中で雨が降ったみたいでした。さすが雨男の井上先生、お約束通りですね。(笑)
北野さんは今日は縁日で、参道もすごい人。それをかき分けてお茶席へ。
はじめ待合では、一席目が始まった時で、一人しか居なくて心細かったですが、ご年配のご夫婦が、それに続いてもう一組ご夫婦連れが来られてました。どちらもご旅行中で、熊本と栃木から来られたそうで。お茶席を見つけて入って来られました。私たちのお席は、その二組と私ともうお一人。熊本の方は、細川家ゆかりのお茶席という立て札の案内を見て来れれたそうです。席中でもそんなお話で盛り上がった、まさに、一期一会、一座建立でした。
その後、観世会館へ・・・。
今日の観世会館は、観世定期能でして、二番目に私の先生の井上裕久氏が「小塩」のシテを勤められました。
「小塩」は在原業平を主人公とする能です。初めて見た能でしたが、なかなか風情のある曲でした。
会館に入った時は初番の「田村」の間狂言でしたが、シテも地ももう一つ入り込めませんでした。「小塩」が済んで会館を出ましたが、地面がベッタリと濡れていました。途中で雨が降ったみたいでした。さすが雨男の井上先生、お約束通りですね。(笑)
2012年03月11日
感動的な白生地
長く着物を見てきて、これまでなんども感動する商品に出会って来ました。
今回もまた久しぶりに感動する商品に出会いました。
普通の無地の着物地ですが、その素材がとても素晴らしい!
明治以降日本の経済を支えてきた製糸業ですが、値段の安い海外製品に押されて衰退してしまいました。白川郷の合掌造の家も、元は養蚕に使われていましたが、いまはすっかり無くなってしまいました。
そんな中、着物業界でも少しづつですが、国産の生糸を使った物作りに取り組む所が出てきました。きっかけになったのは、皇居の中で行われている養蚕で取れる「小石丸」という生糸。高度成長期に経済性を考えて大型の繭を作る蚕が主流になるなか、日本古来の蚕である小石丸が正倉院宝物の復元に使われ、その品質の良さが再認識されるようになったことです。
一説には1000種あると言われる蚕の中から選ばれて「松岡姫」を使った織物。しかも、「座繰り」で取られた糸を使った織物。しかもこの織物は「精好」という昔からある特別な織り方で織られています。
この生地の風合いを言葉にするには、私では役不足ですが・・・。
光沢、触った感触、どれを取ってもこれまでの生地とは全く違います。
着物の奥深さを改めて感じました。
今回もまた久しぶりに感動する商品に出会いました。
普通の無地の着物地ですが、その素材がとても素晴らしい!
明治以降日本の経済を支えてきた製糸業ですが、値段の安い海外製品に押されて衰退してしまいました。白川郷の合掌造の家も、元は養蚕に使われていましたが、いまはすっかり無くなってしまいました。
そんな中、着物業界でも少しづつですが、国産の生糸を使った物作りに取り組む所が出てきました。きっかけになったのは、皇居の中で行われている養蚕で取れる「小石丸」という生糸。高度成長期に経済性を考えて大型の繭を作る蚕が主流になるなか、日本古来の蚕である小石丸が正倉院宝物の復元に使われ、その品質の良さが再認識されるようになったことです。一説には1000種あると言われる蚕の中から選ばれて「松岡姫」を使った織物。しかも、「座繰り」で取られた糸を使った織物。しかもこの織物は「精好」という昔からある特別な織り方で織られています。
光沢、触った感触、どれを取ってもこれまでの生地とは全く違います。
着物の奥深さを改めて感じました。
2012年01月18日
綺麗になりました。
今の家に引越してもうすぐ6年たちます。早いものですね。
改修して一年余りたったころから、表の格子やバッタリなどが、白っぽい粉をふいたようになってしまいました。雑巾でなんども拭いたり、薬品を使ってみたり、カビでは思ってカビ取り剤を使ってみたり・・でも、どうしても綺麗になりません。
昨年末に息子が、木製の家具に塗るために油を買ってきました。買った所方のお話では、家にも塗られと聞き、試しに塗ってみました。息子と一緒にバッタリのある方を試しに塗ってみたのですが、見違えるように綺麗になりました。でも、まえいろいろやった時も一時的に綺麗になっても数日でまた元に戻ってしまったので、しばらく様子を見ましたが、綺麗なままでしたので残りも塗りました。
それから、半月あまりたちましたが、綺麗なままです。昔からのある方法なのかもしれませんが、感激です。
2012年01月13日
孫にも衣装
2012年01月05日
あけまして おめでとうございます。
あけまして おめでとうございます。
お正月の間は、なるべく家族団らんを優先してPCの前には出来るだけ座らないようにしていました。今日から息子たちも仕事にでかけ、孫も学童保育や友達と遊びに出掛けたので、普段の生活にもどりつつあります。
例年、一日はお墓参りに行きます。京都と大阪、家内の実家も含めて三箇所あります。孫たちに着物を着せの墓参り、亡き父や母、叔母たちも喜んでくれたでしょう。昨年は大雪で寒いお墓参りでしたが、今年はお天気も良くてよかったです。夕方には次男の家族や義母も我が家に集まり、用意したお節料理もあっという間に無くなってしまいました。
二日目は初詣に、はじめて日吉大社に行きました。みぞれ混じりのあいにくのお天気でしたが、いいお宮でした。
昨年も色々な方との出会いがありました。今年もまたみなさんといい出会いがありますように。
お正月の間は、なるべく家族団らんを優先してPCの前には出来るだけ座らないようにしていました。今日から息子たちも仕事にでかけ、孫も学童保育や友達と遊びに出掛けたので、普段の生活にもどりつつあります。
例年、一日はお墓参りに行きます。京都と大阪、家内の実家も含めて三箇所あります。孫たちに着物を着せの墓参り、亡き父や母、叔母たちも喜んでくれたでしょう。昨年は大雪で寒いお墓参りでしたが、今年はお天気も良くてよかったです。夕方には次男の家族や義母も我が家に集まり、用意したお節料理もあっという間に無くなってしまいました。
二日目は初詣に、はじめて日吉大社に行きました。みぞれ混じりのあいにくのお天気でしたが、いいお宮でした。
昨年も色々な方との出会いがありました。今年もまたみなさんといい出会いがありますように。
2011年11月16日
火鉢の出番
2011年10月31日
お笛の発表会に・・
きのうは、お笛の発表会にお誘いをうけ、大阪まで出掛けてきました。
大阪能楽会館は超満員。二階のワキ正にかろうじて桟敷席を見つけました。この能楽堂はなんどかキましたが、二階はぜんぶ桟敷席とは知りませんでした。
出番までまだだいぶありましたが、観世のお家元、矢来の観世さん、片山九郎右衛門さんと凄い人達の半能や舞囃子が、しかも無料で見れるとは豪気ですね。
特に、お家元の檜垣は、演目自体はじめてでしたし、とっても楽しみしていただけによかったです。
檜垣の笛を吹かれた方は、妙齢の女性で振袖姿がとても印象的でした。
お目当ての方は羯鼓を吹かれましたが、数人で演奏される連囃子という形式でした。
羯鼓の舞は、私は舞ったことはありませんが、腰に羯鼓という鼓をつけ、両手に撥をもって打ちます。
独特のリズムが面白い曲ですが、リズムに乗った演奏がとても気持ちよく、ついつい体が動きそうでした。
いい会にご案内いただきありがとうございました。これからもどうぞご精進してくださいね。
大阪能楽会館は超満員。二階のワキ正にかろうじて桟敷席を見つけました。この能楽堂はなんどかキましたが、二階はぜんぶ桟敷席とは知りませんでした。
出番までまだだいぶありましたが、観世のお家元、矢来の観世さん、片山九郎右衛門さんと凄い人達の半能や舞囃子が、しかも無料で見れるとは豪気ですね。
特に、お家元の檜垣は、演目自体はじめてでしたし、とっても楽しみしていただけによかったです。
檜垣の笛を吹かれた方は、妙齢の女性で振袖姿がとても印象的でした。
お目当ての方は羯鼓を吹かれましたが、数人で演奏される連囃子という形式でした。
羯鼓の舞は、私は舞ったことはありませんが、腰に羯鼓という鼓をつけ、両手に撥をもって打ちます。
独特のリズムが面白い曲ですが、リズムに乗った演奏がとても気持ちよく、ついつい体が動きそうでした。
いい会にご案内いただきありがとうございました。これからもどうぞご精進してくださいね。
2011年10月13日
戻ってきた着物
2011年09月30日
和楽10周年記念イベント
もう創刊から10年になるのですね。たしか、二年目から定期購読をはじめたような気がします。最初の頃は、書店での販売が無く、定期購読しか手に入れる方法がありませんでした。
さて、リッツカールトン東京は六本木のミッドタウンにあります。ミッドタウンは、出来てまだ間がないころい、コンサートの帰りに行ったのがはじめてでした。それ以来時々出掛けてはお店を見たり、サントリー美術館があるので、展覧会に行ったり。でも、敷地内にあるリッツカールトンへは今回はじめて足を踏み入れました。
和楽では贔屓の会というイベントが時々行われます。これまで何度も行かせて頂きました。今回の10周年記念のイベントもまさかご招待頂けるとは思っていませんでしたが、お電話を頂いたときは正直びっくりしました。
さて、会場では、ホワイエで水戸徳川家の美術品が展示されていいていました。硯箱、広蓋など豪華な蒔絵が施された漆器はそれは見事なものでした。いま、今のご当主の奥様のお振袖と訪問着も。
さて、今日の催しの一部は市川亀治郎と三響会の船弁慶。歌舞伎の船弁慶がどんなのかあまりよく知りませんが、三響会とのコラボということで、今回は謡での舞でした。謡が始まってすぐにあれと思って暗い中よく見ると観世喜正氏でした。前半は静御前の静かな舞、後半は知盛の勇壮な舞と、見どころいっぱいの舞台はあっという間でした。この後、姜 尚中さんと亀治郎さんの対談、司会は紺野美沙子さんで日本の美について対談。こちらも内容の濃いお話でした。そうそう、直前に発表された亀治郎さんお猿之助襲名の事ももちろん話題になっていました。
2部は、歓談と和楽でよく見かける方々のご挨拶。水戸徳川のご当主、森田空実さん・・・。森田さんのお着物は、12月の和楽に載るそうですが、墨色の素敵な無地でした。
そうそう、お客様ももちろん着物の方が多かったです。歓談でおなじテーブルの方も愛知から日帰りで来られたそうですが、素敵なお着物でした。
和楽はこれまでの女性誌とはひと味違う作りで、最新の10月号は売り切れる書店が続出だそうです。また20周年の時にまたこんなイベントがあるといいなーーーと思ってホテルを後にしました。
さて、リッツカールトン東京は六本木のミッドタウンにあります。ミッドタウンは、出来てまだ間がないころい、コンサートの帰りに行ったのがはじめてでした。それ以来時々出掛けてはお店を見たり、サントリー美術館があるので、展覧会に行ったり。でも、敷地内にあるリッツカールトンへは今回はじめて足を踏み入れました。
和楽では贔屓の会というイベントが時々行われます。これまで何度も行かせて頂きました。今回の10周年記念のイベントもまさかご招待頂けるとは思っていませんでしたが、お電話を頂いたときは正直びっくりしました。
さて、会場では、ホワイエで水戸徳川家の美術品が展示されていいていました。硯箱、広蓋など豪華な蒔絵が施された漆器はそれは見事なものでした。いま、今のご当主の奥様のお振袖と訪問着も。
さて、今日の催しの一部は市川亀治郎と三響会の船弁慶。歌舞伎の船弁慶がどんなのかあまりよく知りませんが、三響会とのコラボということで、今回は謡での舞でした。謡が始まってすぐにあれと思って暗い中よく見ると観世喜正氏でした。前半は静御前の静かな舞、後半は知盛の勇壮な舞と、見どころいっぱいの舞台はあっという間でした。この後、姜 尚中さんと亀治郎さんの対談、司会は紺野美沙子さんで日本の美について対談。こちらも内容の濃いお話でした。そうそう、直前に発表された亀治郎さんお猿之助襲名の事ももちろん話題になっていました。
2部は、歓談と和楽でよく見かける方々のご挨拶。水戸徳川のご当主、森田空実さん・・・。森田さんのお着物は、12月の和楽に載るそうですが、墨色の素敵な無地でした。
そうそう、お客様ももちろん着物の方が多かったです。歓談でおなじテーブルの方も愛知から日帰りで来られたそうですが、素敵なお着物でした。
和楽はこれまでの女性誌とはひと味違う作りで、最新の10月号は売り切れる書店が続出だそうです。また20周年の時にまたこんなイベントがあるといいなーーーと思ってホテルを後にしました。 2011年09月08日
胃カメラ
少し前に家内と二人で疫学調査に参加させて頂きました。
その時の血液検査の結果と、同時に受けた胃ガンのリスク調査の結果が送られて来ました。
血液検査は相変わらず、少しLDLが少し高めでした。
胃ガンのリスクの方は、5段階のうち下から2番目でした。それで胃カメラの検査を初めて受けることになりました。
さて、最近の胃カメラはずいぶん細くなって楽だそうですが・・・なにせはじめてのことですので、どうなることやら。
その時の血液検査の結果と、同時に受けた胃ガンのリスク調査の結果が送られて来ました。
血液検査は相変わらず、少しLDLが少し高めでした。
胃ガンのリスクの方は、5段階のうち下から2番目でした。それで胃カメラの検査を初めて受けることになりました。
さて、最近の胃カメラはずいぶん細くなって楽だそうですが・・・なにせはじめてのことですので、どうなることやら。
2011年09月07日
お笛の発表会へ
日曜日、台風は日本海に抜けましたが、雨が時々強く降るあいにくのお天気でしたが、知り合いののお笛の発表会に行かせて頂きました。
お能を見るようになって長いですが、今回の会場の河村能楽堂ははじめてでした。
ちょっと早めに行かせて頂き、能楽堂の雰囲気をあじあわせていただいていました。
脇正からふと見上げると二階席もありました。笠智衆と原節子の「晩春」(だったかな・・?)に、たしかお能を見に行く場面がありましたが、その場面が思い出されました。こじんまりとしていますが、味わい深い舞台です。
さて、舞台の上では失礼ながら想像していた以上素晴らしい音色、またリズムもバッチリ。玄人の小鼓、大鼓、太鼓、地謡をしたがえて一歩も引けをとらない吹きぶりで、安心して見られました。
おかげで、片山さんの舞に集中して見ることが出来ました。
次回がたのしみになりまいた。
あいにくその後用事があったので、そうそうに失礼しましたが、時間があればもっと聞いて居たかったです。
お能を見るようになって長いですが、今回の会場の河村能楽堂ははじめてでした。
ちょっと早めに行かせて頂き、能楽堂の雰囲気をあじあわせていただいていました。
脇正からふと見上げると二階席もありました。笠智衆と原節子の「晩春」(だったかな・・?)に、たしかお能を見に行く場面がありましたが、その場面が思い出されました。こじんまりとしていますが、味わい深い舞台です。
さて、舞台の上では失礼ながら想像していた以上素晴らしい音色、またリズムもバッチリ。玄人の小鼓、大鼓、太鼓、地謡をしたがえて一歩も引けをとらない吹きぶりで、安心して見られました。
おかげで、片山さんの舞に集中して見ることが出来ました。
次回がたのしみになりまいた。
あいにくその後用事があったので、そうそうに失礼しましたが、時間があればもっと聞いて居たかったです。
2011年08月28日
朝人が愛でた芸能・・・下鴨神社
昨日出掛けた、京都文化絵巻の第一回目・・・下鴨神社
あいにく始まったとたんに雨がふりだして来ました。
でも、神社のご配慮で、舞殿の周りにある橋殿と神服殿を開放して下さり、私は橋殿から見させて頂きました。
第一回目は「王朝人が愛でた芸能」ということで、平安雅楽会による、御神楽と舞楽「蘭陵王」、大原魚山塾による天台聲明、そして日本今様歌舞楽会による今様と白拍子でした。
御神楽(みかぐら)は、神様に見せるもので、本来は非公開の秘儀で、人前でやることはないそうです。大変おごそかなもので、糺の森に囲まれた神域がさらに清められたように感じました。人長と言われる舞人は、榊に丸い輪が付いた物を持って舞いますが、この輪が神の依り代だそうで、神と人とが一緒に舞うとうものだそうです。
舞楽の「蘭陵王」は以前にも見たことがありますが、音楽も御神楽の国風から中国風に変わり、仮面を付けての勇壮な舞いでした。
天台聲明は、初段唄(しだんばい)散華(さんげ)三條錫杖(さんじょうしゃくじょう)。リーダーの方と、その他の方が違うメロディーを同時に歌うので、とっても不思議な感じがしました。西洋音楽で言え多声、ポリフォニーとでも言うのでしょうか。
最後が後白河法皇がこよなく愛した今様、白拍子でした。今様では歌合と言う、題に合わせて即興で作った歌で勝敗を決めるというもので、それに白拍子がこれまた即興で舞を舞うというもの。
白拍子は、梁塵秘抄から、賀茂の社を読んだものと、佛の功徳を読んだものが演じられましたが、どことなく、黒田節に似た節回しがとっても気持ちよかったです。
そうそう、最初に朧谷壽先生の解説があったのも、とっても良かったです。
めったに入れない、夜の下鴨神社には入れて、しかもめったに見れない平安時代の芸能に出会えて、ひととき平安貴族になった気分でした。
あいにく始まったとたんに雨がふりだして来ました。
でも、神社のご配慮で、舞殿の周りにある橋殿と神服殿を開放して下さり、私は橋殿から見させて頂きました。
第一回目は「王朝人が愛でた芸能」ということで、平安雅楽会による、御神楽と舞楽「蘭陵王」、大原魚山塾による天台聲明、そして日本今様歌舞楽会による今様と白拍子でした。
御神楽(みかぐら)は、神様に見せるもので、本来は非公開の秘儀で、人前でやることはないそうです。大変おごそかなもので、糺の森に囲まれた神域がさらに清められたように感じました。人長と言われる舞人は、榊に丸い輪が付いた物を持って舞いますが、この輪が神の依り代だそうで、神と人とが一緒に舞うとうものだそうです。
舞楽の「蘭陵王」は以前にも見たことがありますが、音楽も御神楽の国風から中国風に変わり、仮面を付けての勇壮な舞いでした。
天台聲明は、初段唄(しだんばい)散華(さんげ)三條錫杖(さんじょうしゃくじょう)。リーダーの方と、その他の方が違うメロディーを同時に歌うので、とっても不思議な感じがしました。西洋音楽で言え多声、ポリフォニーとでも言うのでしょうか。
最後が後白河法皇がこよなく愛した今様、白拍子でした。今様では歌合と言う、題に合わせて即興で作った歌で勝敗を決めるというもので、それに白拍子がこれまた即興で舞を舞うというもの。
白拍子は、梁塵秘抄から、賀茂の社を読んだものと、佛の功徳を読んだものが演じられましたが、どことなく、黒田節に似た節回しがとっても気持ちよかったです。
そうそう、最初に朧谷壽先生の解説があったのも、とっても良かったです。
めったに入れない、夜の下鴨神社には入れて、しかもめったに見れない平安時代の芸能に出会えて、ひととき平安貴族になった気分でした。



















